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The Sky's Your Only Limit

努力で天才に勝つ方法を見つけたい。

結論の出ない最近の想い

自分と他人との対話

例えば、他人Aから自分Bに、「Bがこうしてくれないと俺Aが困る」というような話をされたとする。

「どうして怒っているんだろう、怒っているならばその人A自身の問題じゃないか」

「もう少し言い方を考えてくれよ、不満をぶつけているだけじゃないか」

思うのはこんなところだろう。

「内容については、一理あるから聞き入れよう」ということもあるかもしれない。

(基本的に私はハイパーあまのじゃくで、当然でしょ?と求められると、

全くやる気がなくなるという面倒くさい奴なので、

ああしなさいとかこうしなさいとか言われる前に、

自分からすすんで何かに気づいて対処しなければならない。)

 

他人は自分を映す鏡で、実際は自分との対話

「怒っているのはA自身の問題があるから」としながらも、このときの自分Bは

「他人Aの問題」としており、すなわち意識が他人Aに向かっている。

意識が他人に向かっている点については自分Bも他人Aも変わらない。

ここに矛盾が生じてしまう。

「うるせーよ!」と思った時点で、「うるせーよ!」と自分が思った人物と

同じような思考のプロセスを辿っていると(乱暴ではあるけれど)言える。

 

自分と他人、自分と組織

本来ならば、人は自分のことばかり考えていればいいのかもしれない。

自分で自分を最高に楽しませることができている人は、基本的に、

他人をも楽しい気分にさせることができるように思う。

人生で目指すのは究極の自己満足だと思う。

しかし、チームで一つのものを目指す以上、そうも言っていられない。

自分と他人、自分と組織、この関係性は永遠のテーマであるように思うし、

全ての悩みやヒントはここにあるような気がしている。

 

オンリーワンになろうとした時点で誰かのまねをしようとしている

私の行動指針のようなもののひとつに、「普通でありたくない」というものがある。

が、これも純度100%のオリジナリティではなく、

見てきたものや聞いたことに影響を多大に受けている。

普通でないものを追いかければ追いかけるほど、

既に世間にあるものと同化するような感覚を覚えるし、

本当に100%自分で生きている人には、今のままではなれないし、敵わない気がする。

これはいったいどうすれば解決できるのだろうか。

 

何のために生まれて何をして喜ぶ

誰しも、自分が自分の世界の主人公になりたいはずだ。

しかし日本人の大半がサラリーマンである。

自分がいなくなったら仕事が止まる、なんて人も少なくないだろう。

私の代わりは実際には私以外にはできないのだが、いなくなったらいなくなったで

世界は何一つ変わらず回り続けるように思われる。

そんな人生を40年も続けられるだろうか。

右とも左とも変わらない、金太郎あめ的な人生になってしまうのが怖い。

どうしてか、そんな考えなくてもよいような不安を感じている。

 

 

 


FACTRY(THE HIGH LOWS)1

常に自分を見失わずに生きるとはどういうことなのだろう。

その一瞬一瞬を生きる、楽しむ、とはどういうことなのだろう。